懲罰特別委員会ですって???

今日から、12月議会が始まりました。

先決処分として、職員の給与を人事院勧告に従って、下げることが提案されました。

私は反対しました。

その理由;

財政赤字は、無駄な公共投資をすることが原因だと考えております。

無駄な公共投資は、私が議員になってから、3つありました。

1.腕山ロッジの焼失

2.新山の宅地開発

3.アンテナショップ

だから、財政赤字は私たちの責任でもあるわけで、職員の給与だけを下げるのは片手落ちで、私たちの責任も問うた上で職員の給与を下げるべきだと考えます。

片手落ちという言葉が差別用語に当たるから、発言を取り消すように勧告されましたが、私は自分の言ったことには責任を持つと言って、勧告を拒否しました。

そうすると、懲罰特別委員会・・・ですって???

私には何が何だかわかりません。

私は懲罰に値するようなことを言ったのでしょうか。

私が納得のいくようなご意見をお待ちしています。

どの議員の説得にも、私は納得がいかなかったので、応じませんでした。

H.23.11.29 記入  徳島新聞を読んで思いました。これは、私と木下議長のけんかではないかと。彼が議長としての権力を使って何ができるか、楽しみにしています。

H23.12.22.徳島新聞 ジュニア 川柳

けんかする理由毎回くだらない   北小松島小6 福本もと小夏

けんかやだ友達が消えなかま消え  南小松島小4 坂賀泉美   だって・・・・・

でも、やってしまったことを後悔してもしょうがない。

けんかは、気力と体力のあるうちに・・・しておくもの。

おかげさまでけんかのやり方を教えてもらった。

ああ、けんかって・・・こうやってやるものなのだ・・・って。

アンテナショップについて

H23.12.5 .観光特別委員会において、私は言った。

アンテナショップは1ヶ月、5万円で市から福祉が借りています。社会福祉協議会に市が補助金を出して、その補助金が市へ入ってくる。これを花見酒の経済というんですよ。

アンテナショップは市が博愛会に貸していて、博愛会には市が補助金を出していないそうで、私は訂正して謝りました。

しかし、博愛会は善意の寄付があったり、お年寄りの介護で維持している組織です。

いくら博愛会にお金があったとしても、そんな関係のないところに、使用料や人件費を出して、それで、市の観光産業が活性化するのならばともかく・・・お気のどくに・・・とは思いませんか。

平成24年3月16日

片手落ち・・・・を再び考える。

言葉・表現を考える・・・・今一度・・・・竹内 良氏の考え方と私は同じです。竹内氏の言葉を借りれば・・・・

「この言葉、使ってもいいですか」社内でたまにこんな問い合わせを受けることがある。この場合の問い合わせ者の本意は、「いわゆる差別語に該当するか、だとしたら使ってはいけない言葉か」という趣旨だろう。ここから2つのことを考えたい。まずはじめに、差別語・表現とか、差別語用語というけれど、そうした言葉は、もともとあるのだろうかということだ。私は、そうした言葉、それ自体が独立して存在するわけではないと想う。・・・・・・そして、その差別性のあるなしは、文脈の全体でこそ判断できることである。この場合の、私の差別性のあるなしの判断機軸は、「誰か人を傷つけることになるかどうか」である。次いで、ある言葉を「使っていいかどうか」は、差別性のあるなしとは別の視点で、表現者自らが判断するべきことだ。差別的響きがあると判断する言葉であっても、表現者自らの判断で使うか使わないかは決められるべきだ。自己の知識と見識、体験と人を想い遣る視点で判断することである。

使って良いかどうかという判断は、他者に委ねてはならない。私たちはあらゆる言葉を自由に駆使したい。自分の想いを、感情を言葉に託し、言ったり書いたり表現したい。人は一人では生きられず、他とのかかわりの中においてのみ生きられる。だから他とのさまざまな方法でコミューニケーションを取ることが、生きていく上で必要なのだろう。ここにおいて、表現の自由は最も基本的な人権のひとつだと想う。だからこそ、法はもちろん、権力ある機関にも、なんびとにも、ある表現について「使ってはならない」などという規制をすることを許してはならない。逆に「これは使ってもよろしい」というような、「お墨付き」判断を誰かからもらうというような行為もあってはならない。判断するのは、あくまでも表現者自身だ。私たち一人ひとりだ。

タグ

2011年11月28日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ブログ

TPP 反対意見

本当に車や電機の競争力が強化されるのでしょうか?

車も電機もすでに国際競争力は限界で、価格面では中国・インド・韓国にはかないません。

日本が目指すべきは、プリウスのように、新しい技術の開発ではないでしょうか?

今日、プリウスの値段が上がったというニュースを読みました。

私は結構なことだと思います。今プリウスに乗っていますが、静かで乗り心地満点です。ガソリンは計画的に1カ月に1回と決めています。米国との貿易摩擦を避けるためには、値段を上げて、シェアーを下げることが必要だと考えていました。

アジア諸国との価格競争はもうやめませんか?

日米は同盟関係だから、いい関係を維持するのは大事だが、そのことと米国の言うことは何でも聞くというのは話が違う。

TPPに乗らないから日本は敵だとか、米国はそんな単純な国ではない。

野田政権を長期に維持したいがために、TPPに加入するというのであれば・・・

国を売って・・・何とか・・・・だろうか・・・・

明治政府が、血のにじむような努力をして得た関税自主権を放棄するとは・・・

TPPはわからない・・・・という人が多い。

でも、関心を持てば、いたるところで、賛成論・反対論におめにかかる。

私は反対の立場から、いろんな反対論を集めている。

米国には良いところも多いが、悪いところも多い。

何も、悪いところを学ぶ必要はないのではないかという立場である。

これを読んで、改めて、日本は管理社会なのだと理解した。

優秀な官僚が、日本社会全体のことを考えて、生産調整していく。国民は考える必要がない。

システムとしては、すばらしい、と考えている。

このシステムが崩壊し、国民が突然”市場”という荒波にほうりだされたら・・・

1部の優秀な人は生き残れるだろうが、大多数のまじめな国民は貧困化する。

TPPで貧富の差どうなる

という先の投書をもっと具体的に表現した北海道の畑作への影響は?でした。

これも、やはり、貧富の差の拡大の議論です。

生きていくために、何が必要か。

多すぎる金、多すぎる愛情、多すぎる物、大きすぎる名誉・・・本当に必要ですか。

一人勝ちして、何が幸福なのでしょう。

グローバル化を管理できるかH23.12.3TPPも経済のグローバル化の1つです。グローバル化を推し進めていくと、破たんした時の代償が、国の手に負えないほど大きくなることを危惧しています。

第3の道を、管首相が打ち出した、というのは納得できない。

それは、TPPと矛盾すると思うからである。

単に消費税を上げるためだけに、第3の道を打ち出したのだとしたら、

欺瞞にもほどがある。

政策というものは、整合性がなければならない。

TPPをやめて、第3の道を模索するというのであれば、大賛成である。

TPPは小泉政権が進めた市場競争重視の新自由主義の道であることに、現政権は気付かないのであろうか。

あれほど批判した小泉政権と同じ道を歩んでいることに、絶望さえ感じます。

もう1つ、小麦の国家貿易について

貿易がこれほど管理されていたとは、TPP議論が出てくるまで知りませんでした。

原料の小麦を、国家によって高く買わされても、パンやラーメン、うどんの価格を高すぎるとは感じません。

これこそ、今まで日本が実践してきた第3の道だと思うのですが・・・

タグ

2011年11月3日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ブログ

このページの先頭へ