2.26事件

去年植えたチューリップが生えてきました。

先日、テレビで2.26事件の新しい資料が出たとかでドキュメンタリー番組を見ました。予想以上に緊迫した情勢で、しかも海軍は事前に知っていたのだとか。

海軍が事前に知っていて何もしなかった、という事実に興味を持って調べてみました。

1931年3月事件

1931年10月事件

1932年血盟団事件

1932年5.15事件

1934年陸軍士官学校事件

1936年2.26事件

似たような事件が次々に起こって、最後が2.26事件です。

2.26事件とは軍部のクーデター、革命だったのだと初めて知りました。

国内の革命に失敗した軍部は、国外の革命に活路を見出した。それが大東亜共栄圏構想だったのだと初めて知りました。

北一輝の辞世の句「若殿にかぶと取られて負け戦」

国外の日本軍が天皇の言うことをきかなかったのも納得です。

戦後、東南アジア諸国が次々に独立したのも、日本人が戦闘に加わっていたのも、単なる偶然でなく、大川周明塾の功績があったからだと。

太平洋戦争は起こるべくして起こった。誰も止められなかったというのも納得です。

2.26事件の後、首相となった広田弘毅について、評価が分かれるという意味も、2.26事件の後始末を非常に厳しくしたからだろうと納得です。

軍部が政党政治を嫌ったのはなぜか、金で政治を動かすことを腐敗と認識したのだろう。

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2020年3月1日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ブログ

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